真田丸・第44回「築城」(3)赤備えは最強の証!!徳川軍にも赤備えは存在していた

「真田の兵は赤備え(あかぞなえ)と世に知らしめる」真田幸村 真田丸
「真田の兵は赤備え(あかぞなえ)と世に知らしめる」

幸村は部隊の鎧を赤く染めるように指示。
この頁では、赤備えについて触れてみたいと思います。




真田の赤備え
真田軍が赤備えであったというのは、結構有名な話でして、映画やドラマなど、ほぼ全ての真田関係の映像作品では、赤い鎧を着込む真田軍が登場します。
当時、描かれた屏風絵でも赤備えの真田軍が描かれているで、史実であったことが分かります。


「徳川殿を要(かなめ)とした、大名たちの合議で進めていって欲しい」豊臣秀吉 真田丸
ただし、ドラマでは今回のタイミングで赤備えになりましたが、まだ秀吉が存命だった時代に「いつもどおりの赤備えで用意するように」と、兄・真田信幸が家来に命じた記録が残っているので、実際はもっと早く赤備えを付けていたようです。


赤備えの真田幸村と高梨内記と真田大助 真田丸
赤色はやはり目立ちます。
戦場で目立つのは、それだけ敵に狙いやすいということであり、死を覚悟しないと出来ないことです。
また、赤く染める染料のお値段が高いこともあり、そういう意味でも気軽に出来るものでは無かったりします。
ですので、部隊の中でも特に最強と言われる部隊を赤備えにしたと言われています。


合戦 天と地と 
赤備えとして有名なのは、古くは武田家です。
ドラマでは序盤に武田勝頼が登場していましたが、あの武田家です。
映画「天と地と」では、武田軍全員が赤備えになっていましたが、あれは映像的な演出で、武田家の中でも一部の精鋭部隊が赤備えを許されていたようです。


井伊直政
また、同時代で言うと、徳川軍にも赤備えがいます。
ドラマでも描かれていましたが、徳川家康は武田勝頼死後の武田家の領地を奪いました。
その過程で武田家の家来を徳川家で多数召し抱えています。
赤備えもその時に採用したようです。
画像は信長の野望の井伊直政という武将ですが、見事な赤い鎧を付けていますね。
井伊直政はドラマでは登場していませんが、徳川軍最強と言われた部隊を率いており、井伊の赤備えとして恐れられました。


徳川家康 真田丸
ただし、このドラマの時期だと、井伊直政は亡くなっており、徳川家康とともに戦った戦士たちは、世代交代しています。
なにしろ、関ヶ原の戦いからでも14年近く経っていますからね。
平均年齢が50歳ぐらいで、引退が早かった時代ですから、兵士のほとんどは息子たちの代になっていたようです。
ですので、徳川最強の井伊の赤備えの面影はなく、徳川家康はそれを嘆いたという話が伝わっています。



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