真田丸・第46回「砲弾」(1)裏切り者?織田有楽斎の立場を理解すると、別の景色が見えてくる

「大御所さま(徳川家康)は、和睦(わぼく=停戦)を望んでおられる」本多正純 真田丸
大御所さま(徳川家康)は、和睦(わぼく=停戦)を望んでおられる」

徳川家康の家来・本多正純(ほんだまさずみ)が密かに会っているのは・・・


「難しいご注文ですなぁ」織田有楽斎 真田丸
「難しいご注文ですなぁ」

織田有楽斎(おだうらくさい)でした。
この描かれ方は、完全に裏切り者といった印象ですが、織田有楽斎の立場から見ると、また少し違う印象を受けるかと思いますので、そのあたりを解説しておきたいと思います。



そして織田信長 真田丸
元々、織田有楽斎は織田信長の弟です。
織田信長の兄弟として、部隊を率いて戦ったこともあり、織田家の一人として信長の天下取りを助ける立場でした。


豊臣秀吉 真田丸
織田信長が生きている時点では、秀吉は信長の家来に過ぎません。
信長は優秀な人材には、ドンドン大部隊を与えて仕事をさせる方針であったので、率いる兵士数や仕事の役割は秀吉の方が大きかったわけですが、織田有楽斎は信長の一族ですので、その立ち位置はやや複雑です。
例えば、秀吉が織田有楽斎とすれ違うことがあれば、秀吉はサッと道を譲って、土下座するぐらいの身分意識であったでしょう。
これを現代で例えるならば、秀吉は織田株式会社の部長で、メインの事業を任されて、使える予算も社員も大きい。
織田有楽斎は社長・信長の兄弟ながら、仕事がそれほど出来るわけではないので、本業とは別の小さなグループ会社を任されている。
しかし、本社会議で集まった時は、社長の血筋を尊重して、道を開けなければならない、といった感じでしょうか。


爪を噛む徳川家康 真田丸
一方、徳川家康は織田信長の同盟者でした。
織田信長は自分の娘を徳川家康の息子に嫁がせているので、親戚でもあります。
ただ、信長の力があまりにも強大であったため、同盟といっても事実上、織田信長の家来に近い立ち位置と言えるでしょう。
現代に例えるなら、徳川株式会社は、徳川社長の100%持ち株会社ではあるが、仕事のほとんどすべてが織田株式会社の下請けであるため、実質的に逆らうことは不可能であり、織田信長社長の社員同様に織田株式会社のために尽くさないといけない立場だったということです。
この場合、織田信長の兄弟である織田有楽斎からすると、徳川家は秀吉同様に目下という身分意識でしょうし、せいぜい同格と考えていたことでしょう。



織田有楽斎 真田丸
つまり、この時期の織田有楽斎の立ち位置から見ると、秀吉は家来に過ぎず、徳川家康は格下の親戚といった認識だったでしょう。


本能寺の変 真田丸
この状況が一変したのは、兄・織田信長が死んだ本能寺の変でした。


織田信忠の切腹シーンも非常に珍しい 真田丸
この日、織田家の跡継ぎであった織田信忠も死んでしまったことが決定的に織田家の崩壊につながりました。


羽柴秀吉 真田丸
この後、力を付けたのが秀吉です。
織田信長は、当時の大名の常として、沢山の妻を娶り、沢山の子供や弟がいましたので、信忠が死んだ後も織田家そのものが滅びたわけではありませんが、秀吉が天下を取っていく過程で、それに逆らう織田家の一族は殺されてしまっています。


織田有楽斎 真田丸
この点、織田有楽斎は権力者に取り入るのがうまく、また時代を見る目も確かで、織田家の人間という立場を超え、秀吉に協力。
秀吉に逆らう武将を説得したりしています。
織田信長の兄弟という立場で説得すれば、秀吉の家来になってもいいか、と思う人もいたわけです。


「徳川殿、久しぶりでござるな」豊臣秀吉 真田丸
かといって、兄・織田信長の死後、秀吉にべったりだったかと言えば、そうではなく、小牧・長久手の戦いという秀吉vs家康の戦争では、徳川家康に付いています。





関ヶ原の戦い・徳川家康の陣 真田丸
更に関ヶ原の戦いでは徳川家康に付いて戦っています。
この活躍で織田有楽斎は、2000石しか無かった領地を一挙に3万2000石に増やして貰っています。
つまり、織田有楽斎にとって、収入のほぼ全ては、徳川家康によって貰っていたものだったということは注目に値するでしょう。



「私の叔父です」茶々 真田丸
その織田有楽斎がなぜ豊臣家の大阪城にいるのかというと、一番の理由は茶々の親戚に当たるからです。
茶々は信長の妹・お市の娘ですから、信長の実の弟である有楽斎とは血縁関係にあります。
力のある織田家の子弟が秀吉に抹殺される中、秀吉に取り入って家来となった有楽斎は、茶々にとって数少ない頼れる親戚だったわけです。


「ごめんつかまつる・・・」織田有楽斎 茶々 真田丸
こうしてみると、織田有楽斎は元々徳川家に近い存在だったことが分かります。
茶々の近くにいるのは、親戚のオジサンとしての立場であり、豊臣家の重臣という感じでは無いと言えるでしょう。
もっと言えば、豊臣家に忠誠を尽す義理は元々大して無いのです。


加藤清正と福島正則 真田丸 この点は、秀吉の親戚として出世して、子供の頃から豊臣家に世話になっている福島正則や加藤清正とは、全く立場が違うということは理解しておくべきでしょう。


本多正純 真田丸
ドラマで描かれたように、本多正純に直接指示されるような関係性であったかは謎ですが、徳川家と豊臣家の間を取り持つ立ち位置であったことは間違いありません。
織田有楽斎にとって、徳川家は収入を保証してくれる事実上の主人ですし、豊臣家の実質的な権力者・茶々は親戚。
できれば、どちらも生き残ってほしいというのが本音だったと想像します。



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