真田丸・第47回「反撃」(2)ウザキャラ定着の大蔵卿局。しかしその言い分はもっともだったりする

「勝ったのだから、用済みじゃ!!」大蔵卿局 真田丸
「勝ったのだから、用済みじゃ!!」

大阪冬の陣で協力した浪人たちを用済み扱いする大蔵卿局(おおくらきょうのつぼね)。




初(常高院)と大蔵卿局 真田丸
今回、大蔵卿局はゴリ押しで和睦の話し合いの場に参加するなど、ウザさが炸裂しておりましたね(笑)
以前は、きりちゃんがウザキャラとして評判でしたが、最近ではウザ大蔵などとネット上では呼ばれているようです。


大蔵卿局 真田丸
「これ以上、浪人たちをのさばらせたら、例え戦に勝ったとしても、豊臣家は内から滅びます」

しかし、この浪人の処遇に関しては、大蔵卿局の意見にも一理あるというお話をここではしたいと思います。


「この眺めも見納めじゃ・・・」豊臣秀吉 真田丸
まず、豊臣秀吉が生きていた時代の豊臣家ですが、その総石高は220万石程度だったと言われています。
日本全国の総石高が1800万石だったそうなので、およそ1割程度。
天下人の秀吉でも、直接支配していたのは、その程度だったのです。
ただし、天下人として外国と貿易をしたり、大名に収入の一部を上納させたりしていたので、実収入はもう少しあったはずですけども。


関ヶ原の戦い・徳川家康の陣 真田丸
その後、秀吉が死ぬと、関ヶ原の戦いが起こり、徳川家康が勝利します。
この時、家康は自分に味方した大名たちに豊臣家の領土を勝手に分配するというあくどいことをやっています。
このため、豊臣家の石高は65万石にまで急落。


豊臣方 軍議 真田丸
この石高というのは、米の取れ高のことなのですが、戦国時代においては、これが兵士の動員能力にほぼ直結します。
というのも、戦争になった場合、領地の百姓たちを兵士として招集することで軍隊を作るからです。
したがって、百姓の人数から軍隊の人数がある程度は逆算出来るわけです。
石高が多いということは、米の取れる田畑の面積が広いということでもありますし、そこで働く百姓の数も多いということになります。


段は畑仕事をしている百姓
で、具体的にどの程度の兵が動員出来るかと言いますと、1万石で250人程度という計算になるそうです。
まあ、戦争の時は無理やり人をかき集めたりといったこともあるでしょうし、戦国時代は兵士専任の部隊もあったりしたので、計算どおりに全ていくとは限りませんが、だいたいはこの程度ということ。



「戦になると聞いて、大阪の屋敷にあった兵糧を秀頼公に差し上げた。それが露見してしもうた。秀頼公の恩為に、何かして差し上げたかったのだ」福島正則 真田丸
例えば、ドラマでは秀頼に兵糧を送ろうと右往左往している福島正則ですが、関ヶ原の戦いには6000人の兵を引き連れて徳川家康に味方しています。
この時の福島正則の石高が24万石ですので、バッチリ計算があいますね。


豊臣秀頼 真田丸
この計算で行くと、65万石の豊臣家の経済力だと、本来は1万6000人程度が動員能力だったということになります。


勝鬨をあげる豊臣方 真田丸
この程度の力しかもたない豊臣家がなぜ10万もの大軍を集められたかと言いますと

(1)分不相応な経済力
天下人だった秀吉時代に溜め込んだ金銀財宝があったから。

(2)世に浪人が溢れていた
関ヶ原の戦いで敗れた大名が取り潰されて、世の中に無職の浪人が多数溢れていたから。

といった理由でしょう。



真田幸村 真田丸
しかし、これはあくまで一時的な話。
分不相応な兵士たちを雇い入れれば、いずれは経営が破綻するのは目に見えているでしょう。
真田幸村の言うように「浪人たちがいるからこそ戦え、浪人たちがいるからこそ徳川も和睦を申し入れてきた」という理屈はもっともではありますが、これを永久に続けることはもともと不可能だったのです。


豊臣家会議 真田丸
今回、すっかりウザキャラが定着した大蔵卿局ですが、経済という観点から見ますと、言い分には一理も二理もあるということですね。

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