真田丸・第47回「反撃」(4)豊臣秀頼が家康の国替え提案を嫌がる理由

「国替えを望むなら江戸の近くにしてもらおうか」徳川家康 真田丸
「国替えを望むなら江戸の近くにしてもらおうか」

和睦の条件として「大阪を立ち退く代わりに四国に領地を欲しい」という豊臣秀頼の要望を拒否する徳川家康。




家康が提案した国替え地図
代わりに家康が指定したのは、安房(あわ)と上総(かずさ)。
地図の黄色は徳川家康の領地です。
これをみれば分かるように、家康の領地に完全に封じ込められる形となります。
これでは落ち着かないですよね(汗)


「関東に下向(げこう)するなど、断じてなりませぬ」大蔵卿局 真田丸
「関東に下向(げこう)するなど、断じてなりませぬ」

また、この徳川家康の提案に大蔵卿局が「下向するなど」と言っています。
下向とは「高い所から低い所へおりていくこと」や「都から地方へ行くこと」です。
現代人の感覚だと錯覚しがちですが、当時は関西こそが都会であり、関東は田舎という認識です。
関西圏の京都には天皇がおられることからも、関西は華やかで格式高いといった印象があり、関東はうらびれて野蛮といった印象もあります。


徳川家康 真田丸
このドラマが終わり、徳川家康が天下を取ったことで、家康の本拠地である江戸が日本の首都になり、その結果、今の東京があるのです。
このドラマの時点では、まだまだ関西こそが都会であるという認識をもって見ないと、ここの部分のやり取りの意味がわからなくなりがちですね。


「関東はさすがに嫌じゃ」豊臣秀頼 真田丸
「関東はさすがに嫌じゃ」

そんなわけで、秀頼も「さすがに嫌じゃ」となるわけです。
もっとも、秀頼が指定した四国も田舎という意味では変わりません。
ただ、瀬戸内海を船で渡れば、すぐに大阪に戻れるという気軽さはあります。


豊臣家 会議 真田丸
まとめると
(1)関東は田舎だから
(2)徳川の勢力圏に監視されるような領地はだから


というのが、徳川家康の国替え提案を嫌がった理由だったと思われます。


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