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真田丸・第47回「反撃」(5)幸村が推すまでもなく、初がもっとも交渉役に相応しかった

「常高院(じょうこういん)さまで!!」真田幸村 真田丸
常高院(じょうこういん)さまで!!」

徳川家との和睦を打ち合わせる使者として、常高院ことお初を推す真田幸村。







「しかしお初様は、政(まつりごと)には一切関わりをもたれておられませぬ」大蔵卿局 真田丸
「しかしお初様は、(まつりごと)には一切関わりをもたれておられませぬ」

大蔵卿局は「初は政治に一切関わっていない」ことを理由に、適任ではないと主張しています。


初(常高院) 真田丸
この頁では、以前書いた「真田丸・第43回「軍議」(3)新キャラ・初(常高院)を紹介」と少しネタが被りますが、初の立ち位置などを再確認していきたいと思います。


「私の叔父です」茶々 真田丸
まず、ドラマでも語られているように、初は茶々さまの姉妹。


「お前様、大阪城には姉たちも千もおりまする。よもや害が及ぶことはございませぬね」江 真田丸
そしてそれ以上に重要であるのは、徳川秀忠の妻である江とも姉妹ということ。


※画像は大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の京極高次
さらに既に亡くなっている初の夫・京極高次は、元々豊臣家との関係が深い人であり、その後は徳川家に近づいて、関ヶ原の戦いでは徳川家康に味方しています。
つまり、どちらにも声がかけられる立ち位置なのですね。
もっとも先述のとおり、京極高次は亡くなっているわけですが、京極家自体は存在しており、息子の京極忠高は徳川軍として大阪冬の陣に参加していることも注目に値するでしょう。
※画像は大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の京極高次



和睦交渉の場は京極家の陣 真田丸
こうした京極家の立場からして、徳川家と豊臣家の和睦を交渉する仲介役として適任だったわけです。
このため、この和睦の話し合いは、京極軍の陣で行われています。
ドラマでもこの設定を取り入れており、この話し合いの場所の壁にある家紋は京極家のものです。


初(常高院) 真田丸
つまり、このシーンは、徳川家康の陣に乗り込んで心細く話し合っているのではなく、息子の陣で安心して交渉しているシーンだったわけですね。
※ただし、義理の息子です


初(常高院)と大蔵卿局 真田丸
ドラマでは、大蔵卿局(おおくらきょうのつぼね)が暴走して、勝手に真田丸の取り壊しなど重要な案件を取り決めてしまった印象でしたが、実際のところはどうだったのでしょうかね?
京極家の陣で、京極家の大名の一族である初が主催しての和睦交渉ですから、普通に考えると、その主導権は初が握っていたようにも思えますが・・・。
※つまり、和睦の条件についても、より初の方が責任があると思われる。


大河ドラマ「江ー姫たちの戦国」
また、大阪冬の陣で戦いになる前から、この初と江は徳川家と豊臣家の間を取り持つ動きをしていましたから、大蔵卿局が言うように「初様は、政(まつりごと)には一切関わりをもたれておられませぬ」という設定はやや疑問を感じます。


豊臣軍 真田丸
いずれにせよ、徳川家と豊臣家の和睦は長く続かず、ほんの数ヶ月で終わってしまうこととなります。


真田丸・第47回「反撃」終了
ということで、次回放送終了後またおあいしましょう。

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テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

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