真田丸・第48回「引金」(1)徳川家康が撤退すると、浪人たちが城を出ていかざる得なくなる理由とは??

徳川家康本陣を奇襲する豊臣軍 真田丸
茶臼山(ちゃうすやま)の徳川家康本陣を奇襲する豊臣軍。
これにより、徳川家康は撤退を覚悟します。




「父上の陣所が攻められたのですぞ。和睦は破られたも同じ。一気に攻め滅ぼしましょう」徳川秀忠 真田丸
「父上の陣所が攻められたのですぞ。和睦は破られたも同じ。一気に攻め滅ぼしましょう」

しかし、息子・徳川秀忠は、和睦が破られたのだから、攻め滅ぼすべきともっともな意見です。


「ならん!!」徳川家康 真田丸
「ならん!!」

しかし、徳川家康はこれを否定。
その理由として「我らが去れば、浪人どもは城を出ていかざるをえなくなる」としています。
このあたりの意味が分かりにくいというご意見がございましたので、解説しようかと思います。


初(常高院)と大蔵卿局 真田丸 まず、再度思い出しておかないといけないのは、秀忠が言っているように和睦が成立しているということ。
ドラマではあまり細かく描かれていませんが、この時の和睦の条件として、浪人に関しては「処罰しない」ということが決定しています。


徳川家康 真田丸
徳川家康としては、敵対した豊臣家の家来や、浪人たちを処罰したかったはずですが、少なくともこの時点では、許すことを条件に和睦していたのです。
家康とすれば、ここで数人のムカつく敵対者を殺すよりも、物理的な真田丸の破壊や堀の埋め立てを優先したということでしょう。
ここだけを見ると、徳川家康が去ったとしても「浪人どもは城を出ていかざるをえなくなる」要素は無いわけです。
大蔵卿局(おおくらきょうのつぼね)がドラマで「我々は勝った」と言っているのも、徳川家康が味方を誰一人処罰出来なかったことあたりを指しているように思えます。



「勝ったのだから、用済みじゃ!!」大蔵卿局 真田丸
「勝ったのだから、用済みじゃ!!」

ただ、徳川家康が去ると、浪人たちが「城を出ていかざるえなくなる」理由はやはりありました。
それは以前、このブログで「真田丸・第47回「反撃」(2)ウザキャラ定着の大蔵卿局。しかしその言い分はもっともだったりする」でも書きましたように、豊臣家の財力で、永続的に10万人近い浪人たちを食わしていくことが出来ないからです。
※本来、豊臣家が家来として雇っていける人数は1万6000人程度。


「大阪城は、来たる徳川との戦に備えて、各地から集められた浪人たちで溢れかえっている」 真田丸
ですので、戦争が終了次第、豊臣家としては浪人たちを解雇する必要があったのです。
そうしないといずれは破産してしまいます。
ですが、今回の奇襲を問題視して戦争を継続した場合、豊臣家としては無理にでも浪人たちを養って戦いに備えることになるでしょう。
破産よりも、死ぬほうが怖いですからね。


徳川家康 真田丸
ですので、ここは奇襲を問題とせず、和睦を継続させて、一度撤退してしまうのがいいと徳川家康は言っているわけです。
結果としては、戦争は数ヶ月後に再開されますが、当時を生きている人たちには、それは分からない未来です。
いつ攻めてくるか分からない徳川軍に備えて、いつまでも浪人たちを雇っておくのは難しいという判断になるわけで、そうなれば浪人を解雇するしかなくなります。
戦うまでもなく、豊臣軍の兵力は減ってしまうことになるのです。


豊臣軍 真田丸
結局、徳川家康の思惑通り、豊臣家としてはこれまで通り浪人を抱えていくことは難しくなり、浪人たちの一部を解雇することになります。
また、真田丸が破壊され、堀が埋め立てられたことで、これ以上戦えないと判断した浪人の中には、自ら去る者もいました。
結果、大阪冬の陣では10万人近かった豊臣軍も、次に起こる大阪夏の陣では、その兵力がおよそ半分にまで激減することになります。



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