真田丸・第48回「引金」(3)織田有楽斎は、本当に真田幸村に追放されたのか?

織田有楽斎の裏切りに気づき、刃を向ける真田幸村 真田丸
織田有楽斎の裏切りに気づき、刃を向ける真田幸村。



織田有楽斎 真田丸
こうして半ば追放される形で大阪城を去る織田有楽斎でしたが、実際のところはどうだったのでしょうか?


織田有楽斎 真田丸
まず、理解しておかないといけないのは、織田有楽斎は単純な豊臣家の家来ではないということ。
この事は「真田丸・第46回「砲弾」(1)裏切り者?織田有楽斎の立場を理解すると、別の景色が見えてくる」でも、記事にしたところなので細かくは書きませんが、有楽斎の立ち位置は、徳川家に近く、豊臣家には茶々の親戚としての義理があるといったところです。



「大御所さま(徳川家康)は、和睦(わぼく=停戦)を望んでおられる」本多正純 真田丸
ドラマでは密かに徳川家の家来・本多正純(まさずみ)に会うなど怪しげな動きをしていますが、そもそも豊臣家が公式に徳川家に対して外交を行う場合、織田有楽斎は窓口になることが多かったことを見ておく必要があります。


初(常高院)と大蔵卿局 真田丸
例えば、前回、徳川家と豊臣家の和睦の話し合いがありました。
ドラマでは織田有楽斎は全く関与していない描かれ方ですが、常時、徳川家と連絡を取り合って、和睦の条件を話し合っています。
まあ、その話しがまとまらなかったため、ドラマで描かれたように、大蔵卿局(おおくらきょうのつぼね)が話し合いの席に着くことになるのですけども。


「難しいご注文ですなぁ」織田有楽斎 真田丸
つまり、織田有楽斎は徳川家との外交的な仲介役であって、徳川家と連絡を取り合うのは当然の立場であったということは理解しておく必要があるでしょう。
もちろん、豊臣家に不利な情報を漏らしていたのだとしたら、それは裏切り行為には違いありませんが、そもそも織田有楽斎が豊臣家の家来と考えるべきかも前述の通り微妙なところなのであります。



織田有楽斎 真田丸
むしろ、織田有楽斎は徳川家康が送り込んだ外交官として見たほうが分かりやすいかもしれませんね。
実際、ドラマでは真田幸村に追い出された有楽斎ですが、史実の有楽斎は大阪城を出るにあたって

「誰も自分の下知を聞かず、もはや城内にいても無意味」
※誰も自分の命令なんて聞かないです。もうは城内にいても意味無いです

と徳川家康に申し入れて、許可を貰っています。
大阪城に居づらくなっていたのは事実としても、出るにあたって茶々の許可を得るのではなく、徳川家康の許可を得たというあたりを見れば、織田有楽斎の立ち位置がどこにあったかは明白であるように思えます。


織田有楽斎 真田丸
ただし、徳川家のスパイとして言い切ってしまうのは、織田有楽斎にとっては少し酷というものかも知れません。
ドラマでは描かれていませんが、今回の和睦に当たっては、茶々さまが人質に出ないで良いように、織田有楽斎が徳川家康に人質を出しています。
※まあ、これも茶番の匂いはしますが(汗)


織田有楽斎 真田丸
その後は、ドラマのナレーションにあったように「茶道に専念し、穏やかな余生を過ごした」わけです。
裏を返せば、徳川家康に処罰されなかったわけで、それどころか領地を安堵されています。
ですので、織田有楽斎の一連の動きは、徳川家康の了承の内に行われていたと見て間違い無いでしょう。
ただし、領地の加増はされていません。
これはつまり、徳川家康の命令で大阪城に入ったのではないということのように思えます。
あくまでも、織田有楽斎の考えで大阪城に入り、豊臣家と徳川家の間を取り持とうとしたが、結局は叶わなかったということのように思えます。
徳川家康としては、その立ち位置を理解し、利用もしたが、自分の命令でやらせたことではないので、豊臣方に付いたことを許して領地を安堵してやったが、かと言って増やしてやる義理は無い、ということでしょう。

関連記事

テーマ : 真田丸
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

スポンサードリンク01
カテゴリ
プロフィール

うんちく仙人

Author:うんちく仙人
このサイトでは、歴史に興味が無い方でも、歴史ドラマをドラマとして楽しめるように手助けする趣旨で書いております。
特にドラマは好きだけど、歴史はあんまりわかんないという女性の一助になれば幸いです。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
スポンサードリンク02
RSSリンクの表示
リンク