真田丸・第49回「前夜」(4)後藤又兵衛は死なない?もう一つの又兵衛伝説

後藤又兵衛 真田丸
ドラマでは、木村重成と分かれてアッサリ戦死してしまう後藤又兵衛。
主人公ではないとは言え、雑すぎる扱いです(笑)





明石全登 真田丸
明石全登(てるずみ)も一緒にいるような描かれ方でしたが、実は後藤又兵衛が死亡したのは、この明石全登や真田幸村の後続部隊の到着が遅れたからと言われています。


真田幸村 真田丸
しかも、遅れた理由は「霧が出ていたため時間がわからず、出発の時間を勘違いしたため」だそうです(汗)
さすがに主人公の格好悪いエピソードですので、ドラマでは完全スルー。
というか、むしろ「裏切り噂を立てられた後藤又兵衛が勝手に焦って死亡した」みたいな描かれ方でしたね(汗)


後藤又兵衛の闘死 真田丸
華々しく戦死した後藤又兵衛ですが、実は切腹したという説もあります。
今回の戦いだけでなく、ドラマでは戦いのシーンになると、後藤又兵衛や真田幸村などが直接刀を振るって戦うシーンが度々流れますが、普通、千を超える軍隊を率いる大将が直接武器で戦うなんてことはほとんど起こりません。
そんなことをしていたら、部隊の指揮なんて出来ませんからね。
ドラマの映像はあくまでイメージ映像と捉えた方がいいでしょう。
そんなわけで、戦いが不利になり、かと言って退却するのを良しとせずに切腹した、というのは十分にありえる話です。
その程度の余裕はあるわけです。


又兵衛桜
また、後藤又兵衛はここでは死なず、生き残ったという説もあります。
私は仕事の都合で奈良県の宇陀に何度か行きましたが、そこには又兵衛桜と呼ばれる桜があります。
これは戦いに敗れたものの、無事逃げおおせた後藤又兵衛が、奈良の宇陀で密かに余生を過ごした屋敷に咲いていたとされる桜です。
※つまり後藤又兵衛の屋敷らしきものもあったということ
ただし、又兵衛桜の樹齢は300年とされています。
300年でも十分に長生きですが、後藤又兵衛が生きていた時代は今から400年前ですから、後藤又兵衛は又兵衛桜を見たことは無かったことになりますね。
※大河ドラマ「葵徳川三代」のオープニング映像で又兵衛桜が使用されていたので覚えておられる方もいらっしゃいますでしょう


後藤又兵衛の最期 真田丸
後藤又兵衛は、江戸時代になってから、講談などで非常に人気が出た武将なので、そのあたりの都合で、いろいろな伝説が後付けされたのでしょう。
だとしたら、屋敷は誰のものだったのか??という疑問は残りますが・・・
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