真田丸・その後(5)大角与左衛門は実は大阪城では死なない。しかしその末路は哀れなり

「娘は太閤に手篭めにされ、それを苦に命を絶った」大角与左衛門 真田丸
「娘は太閤に手篭めにされ、それを苦に命を絶った」

豊臣家を裏切った理由を娘がレイプされたからだと告白する大角与左衛門(おおすみよざえもん)。




「明がワシに頭を下げおった」豊臣秀吉 真田丸
悪いやつですね!!
っと、ただしこの話は、ドラマの設定だと思われます。
豊臣秀吉はお嬢様好きで有名で、身分の高い女性を好みます。
正室の寧も元は秀吉よりも身分の高いお嬢様ですし、ドラマでも秀吉が必死に口説いていた茶々も織田信長の血筋で、秀吉にとっては元主人の親戚です。
その秀吉が、料理人の娘に手をだすとはちょっと思えないですけども、女好きだったのは間違い無いことなので、そういったこともひょっとしたらあったのかも(笑)


焼身自殺する大角与左衛門 真田丸
ドラマでは、油を被って焼身自殺したというような描かれ方になっていましたが、実は大角与左衛門は死にません。


燃える大阪城 真田丸
大阪城が落ちて以降も与左衛門は生き延び、それどころか大阪城に火を付けたことを手土産にして、徳川家康の家来になりたいと申し入れています。



徳川家康 真田丸
しかし徳川家康は
「もともとは下働きであったのを太閤が取り立てた。その恩も忘れて裏切る憎い奴」
と言って取り合わ無かったといいます。
だとしたら、ドラマで徳川家康と通じていたという設定は少々無理がありそうです。


織田有楽斎 真田丸
織田有楽斎がそうであったように、徳川家康の意思を反映して裏切ったり情報を流したりしていた人物には、ある程度報いています。
おそらく大角与左衛門は、いよいよ落城となり、なんとか勝ち馬に乗りたくなって、急遽、大阪城に火を付けて手柄にしようと思ったのでしょう。
また、豊臣軍の敗色が濃厚になり、大阪城に火を付けたのはなにも大角与左衛門だけではなく、複数の家来が裏切って放火し、大阪城は大混乱に陥ったといいます。


大角与左衛門 真田丸
結局、大角与左衛門は徳川家康に仕えることもできず、そのまま病死したとか。
豊臣家滅亡のおりには、記録に残っていない者も含めて、大角与左衛門のような裏切り者が沢山出たはずです。
与左衛門はその典型の一人として理解すればいいかと思います。


【追記】
ただし、真田丸の大角与左衛門も、この頁の大角与左衛門も、おそらく駿河土産という文章が元になった逸話です。
駿河土産自体が江戸中期に編纂されたもののようなので、この話自体がまったくの架空の可能性もあり、そもそも大角与左衛門なる人物がいたのかも疑わしい気もします。


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