真田丸・第四回「挑戦」(19)楽市楽座は誰でも商売が出来る自由な市場だった?

「安土では誰でも好きに市を開いて商いが出来ると聞いてきました」真田信繁
「安土では誰でも好きに市を開いて商いが出来ると聞いてきました」

信繁が言っているのは楽市楽座のことでしょうね。
教科書でも出てきた話なので覚えている方もおられるかと。

楽市楽座 真田丸
【うんちく解説・楽市楽座】
この当時、モノを売る場合、座という商業組合に手数料を支払う必要がありました。
座はお寺・神社・貴族に手数料を支払って、その権利を買っていました。
そうすることで、独占的な商圏を獲得しようとしていたわけですね。
それを無しにしたのが「楽市楽座」です。
座の専売的な商売を廃止して、大名の権限で自由に商売をさせる自由市場を取り入れたわけですね。
楽市楽座が開始される前までは、商売というのは、手数料を払った一部の人の特権でしたし、そもそも市自体が頻繁に開かれるものではありませんでした。
今でも十日市などといった地名が日本各地に残っていますが、それはその名残です。


百姓
誰でも商売ができる。
このことは現代人にとっては当たり前すぎてちょっとピンときせんよね。
しかし、当時の人にとっては、座に入って商売するのは当たり前のことでして、座に入らずに商売するのは、密売人ということになり、かなりブラックなイメージになります。
言うなれば、誰の土地でも自由に耕していい、と言っているに近いわけです。

「楽」は今で言うと「フリー」といった意味でしょうか。
楽市楽座とは、座をフリーにするから、フリーに市を開いていいよ、っていう意味なわけです。


織田信長
旧時代的な座の制度を破壊し、自由な経済を取り入れた楽市楽座ですが、最近の研究では、少し違った解釈も出てきています。
つまり、座を無しにしたのは事実としても、その代わりに手数料を大名側が取っていたということ。
細かいことはわかりませんが、こちらの方がしっくりきますよね。
この場合、神社・お寺・貴族といった古い権威が独占していた商売の権益を新勢力である大名が横取りしたということになります。


織田信長が戦国大名の中で圧倒的に強かった 真田丸
何故、織田信長が戦国大名の中で圧倒的に強かったのか?
その強力な軍隊を支える財源はなんだったのか?
と考えると、楽市楽座が答えである可能性は高いですよね。


延暦寺焼き討ち 信長の野望
織田信長が、延暦寺の焼き討ちや、一向一揆との争いなどで宗教勢力との戦いが多い理由もこの辺りにあると考えると分かりやすいですね。
直接的な原因でないとしても、入ってくるはずの手数料を取り上げられた人々が、織田信長を好意的な目で見ていたとは思えませんから。
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