真田丸・第五回「窮地」(2)徳川一行、本能寺の変を知る。ドラマで語られなかった功労者とは

徳川家康は堺から信長に会うために京都に向かっていた 真田丸
その頃、徳川家康は堺から信長に会うために京都に向かっていた。



輿に酔う徳川家康(笑) 真田丸
輿に酔う徳川家康(笑)

こういう描写は初めて見ましたね。


早駕籠
担ぎ手が走る急ぎ便の「早駕籠」などは、乗り手もフラフラになるほどだと聞いたことがありますが、普通の輿でも酔うものでしょうか。


「織田信長公、お泊りの本能寺が焼き討ちにあったとのこと」本多平八郎忠勝 真田丸
「織田信長公、お泊りの本能寺が焼き討ちにあったとのこと」

この本多忠勝の報告で、徳川家康は初めて本能寺の変を知ることになります。


茶屋四郎次郎
ドラマには出てきませんでしたが、この一報を徳川一行に伝えたのは、茶屋四郎次郎という商人だったと言われています。
茶屋四郎次郎は、この縁で、徳川家の御用商人と出世していくことになります。


明智光秀と聞いて驚く徳川家康 真田丸
襲ったのは明智光秀と聞いて驚く徳川家康。
当然、前回のことを思い出していたことでしょう。

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ジャンル : テレビ・ラジオ

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